
千音とシャルル達のひっかき大作戦は、難航していました。
それもそのはずです。いくら朽ちていてもそう簡単に窓枠は壊れません。
千音は疲れ果ててしまい思わず床に座り込んでしまいました。またシャルル達も、爪元から血が出始めましたので、しばし休憩を取ることにしました。
やるせない気持ちの千音は月を眺めながら歌い始めました。
月夜に美しい旋律が聴こえたならば 精霊たちの歌声に耳澄ませ 清き耳であれば、共に奏でることができよう 静寂の祈りの中、神を想うか我を想うか 月の慈しむ愛が、今宵も美しき旋律を奏でる
歌いながら千音は「私は一体どうしたらいいのだろう・・・。」
思わず涙が一粒流れ落ちました。
そしてまた一粒また一粒・・・。
いつしか涙が止まらなくなってしまいました。
シャルル達は、すっかり弱気になってしまった千音を、勇気づけるかのように、また窓枠をひっかき始めました。中には爪が折れてしまう猫も居ましたが、みんな決して諦めませんでした。
シャルル達は、千音と一緒に日向ぼっこをしながら、話や歌を聞いて、心が温まる日々を取り戻したいと考えていました。
そんな時、どうしようもない現状を見て、月の精霊が何かを祈り始めました。

月の精霊の頭上はこの世で見たことない程、美しい宝石の様な輝きを放っていました。

月がほんの一瞬、息をのむ程、輝いたと思った時。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォ

地鳴りと共に稲妻が遠くでうごめいていました。
危険を察知して、千音は慌ててシャルル達を、窓枠から逃がしました。
「どこか安全な所へいってちょうだい。」
裂ける様な雷の音はどんどん近づいてきました。恐る恐る窓から様子をみると雷ばかりではありません。
あたり一面を巻き込みながら竜巻が、こちらに向かってくるではありませんか。

千音とシャルルは、遠く離れたところからアイコンタクトを取り、お互いの無事を祈り合いました。千音はあまりの恐怖に目を瞑って大きな柱にしがみ付くしかありませんでした。シャルル達も怖くて仕方なくて目を瞑って、可能な限り身を低くして近くの岩穴に震えながら隠れました。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!ビューー-!!
もう、すぐそばまで来ています。
バリバリバリッ!!ドォーーーーーーン!!!!

耳がキーーーーーンと張りつめ、しばらく何も聞こえませんでした。
どれだけ時間が立ったか分かりませんが、ゆっくりゆっくりと千音は目を開けました。
辺りを見渡し驚きを隠せませんでした。
さっきまで、四苦八苦していた窓枠がすっかり無くなっていました。
いえ、窓枠どころか壁一枚無くなっていました。

あまりに衝撃的な光景に唖然としながらも、千音は「これで、囚われの身から解放されるわ!」と歓喜をあげていました。

そこへ、一体の龍がやってきました。
「千音、お前は月夜に我を想うか、神を想うか?」
龍の問いかけに千音はこう答えました。
「月夜に仲間の愛と勇気を想い、神を想います。」
龍は頷き、軽快に去っていきました。

月の精霊がまた現れて、月明かりで道を照らしながら千音にこう言いました。
「千音、月明かりを頼りに逃げるのよ。」
駆け寄っってきたシャルル達と互いの無事を心から喜び合うのも、つかの間、とにかく一刻も早くこの場から離れる事にしました。
目の前に、美しい月明かりに照らされた、一頭の馬が現れました。
馬は何か言いたそうに、千音をジッと見つめていました。

千音は歩み寄って、馬を撫でてコミュニケーションを取る事にしました。
撫でている手に何かが引っ掛かり、馬の首に指輪が括り付けているのを見つけました。
指輪をよく見てみると、内側に何か刻まれていました。

『Dear Chion :True love :From your Raion』
このメッセージを読み、あの時、照れくさそうに「大事な話がある」といって来音が切り出し、一緒に食事をする約束をした日の事を思い出しました。
「まさかプロポーズをするつもりだったなんて・・。」
「来音に会わなきゃ!」
「来音が待っているわ!」
千音は、来音の愛を信じ、勢いよく馬に乗りました。
「お馬さん、来音の所に連れて行ってちょうだい。」
停めようとするシャルル達に気付かず、後で合流する約束をして、千音は馬と共に勢い良く、来音の元へと向かいました。

月夜に神に祈りを捧げ、神を想う
龍は神の御心に合わせ舞い踊る
我と神が一体となるまで舞い踊る

さて、次回は満月の結婚式を迎える来音の時間軸です。千音と再会?来音の心は戻るのか?