
『皆さんこんにちは。
いよいよ今年も残り、あと少しですね。
初詣にも、行かれる予定の方も多いかと思います。
神社には、神聖な自然霊がたくさん宿ってます。しかし、近年は地球と神社まで波動が下がり、高次な自然霊から、どんどん去ってしまってます。
災害にあった神社は、波動の下がりによるものです。
神社マナーの悪い参拝者と境内の浄化不足により、下がり切ってしまいました。
神社住まいの自然霊たちは、この様な参拝者・管理が嫌いです
①現世御利益主義➡願い叶う道を賜るのが神社である
②当神社の神職者以外の一般人の唱え語(祝詞的な術語)➡謙虚で厳かに心の中で祈る
③境内での悪しき言霊、モラル違反➡神への敬意を表すべきである。
④神職に預けない。身勝手な賽銭付近(境内)への酒、食べ物供え。➡神は高次なエナジーであるゆえ、物的な依存は一切ない。祭事な物的と違い、当神社の神職者が払いもしていない「供え」を自己判断で勝手に置くのは、神に大変失礼な事である。
⑤龍神への卵の備え➡龍は高次なエナジーである。➡動物のエナジーは龍に値するはずもない、低エナジーである。基本、高次なエナジーに「物的」な押し付けは、大変失礼なことである。※地蔵、墓と同じ感覚は極めて失礼である。
⑥巫女の境内の浄化不足と掃除不足・軽いバイト感覚の不真面目さ、心の穢れへの無教育➡巫女の在り方や掃除も神社に大切な浄化の役割を持たしますが、近年の巫女の質は低下するばかり。
以上は、例え、マナー規定の緩い 神社サイドがOKを出したとしても、神の使いである自然霊たちは、大変遺憾であるという行為である。
また、自然霊たちは「エナジー」で人間も、物的供えも判断しているゆえ、ジャッジが明確である。
波動が低いものは、控えるべきである
波動を上げるのは、心清く厳かに祈ることである
人間サイドがどう決めようが、神の使いである神社の自然霊たちは、これらの行為によって、神社の波動が下がり結界が外れ、悪霊が彷徨い溢れているのだと警告している。その結果、人は狂ったように、無意識に「自ら破滅の道」へと歩むのである。
特に、唱え語については、悪神のエナジーが織り込まれている為。
神々の使いはこう伝えてきた
「よくみておれ この者たちは このままでは すまされないことを よく知るがよい」
「特に 傲慢にも唱える者たちよ その言霊に宿る 汚らわしき我欲に満ちたエナジーは神への冒涜そのものである」
神職の資格も無い者は、厳かに参るのが、人の順序というものだということだ。
神々は傲慢で偽善的な行為を最も嫌う
それだけ、神職というものには「神への敬意」に基づいた「作法」が根付いているのだ。



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