
この世に産まれ生きる意味は、精神性を高めるために、真の愛を学び得る事である。
どんな学術を学ぼうが、金を積もうが得られない『真の愛の真理』
喜怒哀楽を余すことなく体に響かせ、五感に助けられ、自ら生きる術を得る。
自然を体中で感じ、風に溶け込み大地に安心する。海を眺め川に想いを馳せ、今を生きる。
時に、あまりに美しい自然の剥き出しに涙が溢れ、魂が叫ぶ。
人は地球の一部に過ぎない記憶が細胞を蘇らせる。
国を治める者は、精神を修める者でなくてはならない。
かつての、ひみこのように
邪馬台国女王ひみこは個性を活かし和合に努め、高い精神性を目指し、粋な生き様に真善美を見出す大和魂の核を築き上げた。原則原理の国力=国民力に照らし合わせ、高層霊言を基に国力強化を実践した希少な人物である。
ひみこの言霊には神の意図が宿っている。この国務めの手法は世界で類を見ないほど希少価値が高い。世界中で宗教政治が行われているが、ひみこが行ったような高層霊言による国務めではない。宗教思想は神の霊言ではない。ひみこを疎ましく毛嫌いした中国が貶める為に近付き、友好的な印を送りアリバイ工作を行った後、死に追いやり歴史を改ざんした。
『卑弥呼に用いた漢字は、最も卑しき侮辱である。我が命を後世に都合よく響かせる為であろう。友好に見せ掛け良からぬ企て事は初めから承知済みである。それゆえ、真(まこと)の事はあの世でしか分かりようもない始末を整えた後、帰幽した。時が流れ、我が魂が応えてくれよう。』
ひみこの後を継ぐよう日本国は神道の精神性で国民と国が一体化した歴史を歩んできた。どのような高貴な歴史書であっても、真実はどれもが不正解である。あくまでも後世に残す政治的戦略に過ぎない。日本国は高層霊言を重要視して来たため、歴史書と言うものに惑わされる事無く和平を保つ国務めを行って来た。しかし、どの時代にも必ず高層霊媒が存在するとは限らない。また、霊言に反する権力者によって策略、虐殺は繰り返されて来た。
日本三大祟りのひとりとして、文武両道の菅原道真公をオカルト歴史は語るが事実はまるで違う。菅原道真は現代の社会問題の根源とも言える情報侵略国について警鐘を鳴らし続けていた。しかし、当初どこから湧いたかも不明な藤原氏が、御上からの寵愛を受ける菅原道真を妬み嫉み、冤罪をきせ島流しへと追いやった。その後、菅原道真は日本国の将来を案じ、如何わしい歴史に習う者が出てはならないと働きかけたが、巧妙で術めいた藤原氏の洗脳から、御上が解けることは無かった。腑抜けな御上に嘆き悲しみ、あの世を去るまで人を憎まず。人々が正しい道を歩む事を神にひたすら祈り続けた。その結果、龍神界が反応し、禍津神が反応し、無知で無関心な人々に邪推な道への代償を与え『正しい心』への気付きを促しただけに過ぎない。
神々は傍観者程、邪推な生き方は無いと警告を促したのだ。その後の藤原氏の繫栄は神の視点では『後世までも残す、生き恥晒す罰』である。現にあの世では、未だに粗末な牢獄のような暗い場所でさ迷っている。
それに引き換え、菅原氏はあの世でも神々に愛され、光の世界で絶え間ない幸福感の中生き続けている。
さて、現代の政治に視点を変えてみよう。
見るのも無残なほど『金にものを言わせた品性下落な国務め』
国務めとは、人々が自由意思で高い精神性を築き上げる基盤でなくてはならない。国民一人一人の精神性を上げることが国防となり、発展を遂げる種を撒き続けることが出来ることを、熟知しておかなければ、世界と和合も共闘も出来ない。失敗から多くを学び、成功から感謝を得て、希望へと精神財産を貯蓄していく構図を具現化するのは難しい事ではない。邪魔をするのは、唯一邪推な人の心である。
かつて国津神に愛された唯一の男も、欠陥だらけであった。昨年の10月にアップしたコラム【物的価値に堕ちた政治家の末路】にも書いているが物的価値に堕ちてしまい。政治的日本回帰の奇跡を逃した。それから半年以上経ち、事態はより一層濃く出ている。現日本はライフラインを始め情報侵略、経済侵略の攻撃を受け被害は大きくなる一方だ。外国人犯罪率を下げる為、不起訴を連発し、生物兵器による人口減少数に掛け合わせ、全体の犯罪率が下がっているような印象を与え、外国人犯罪を有耶無耶にし続ける政府。それに反発する日本国民に差別だと罵る言論統制に加担する始末。挙句には「貧困故、外国人をヘイトし、日本人だという事にしがみ付く事しか出来ない人々を見て心が痛む。」との日本国民の神経を逆なでする発言と「戦後の日本人はマナーが悪かった。」と現代の侵略加害側の無法地帯を擁護する為、時代背景に潜む戦争後遺症、戦争孤児、戦争貧困という不可抗力である被害側の無法地帯と引き合いにして、一部の断面図を拡大解釈し日本先祖の誇りを汚す発言に平和的解決を夢見て酔いしれ、的外れな価値のない政治家と成り下がった。
では、国津神はこの男の何をかっていたのか?
この男はそもそも自分の軸に何も持っていない。幼い頃から、クリスチャンゆえ奉仕の心は深く持っている。一途で濁りの無い奉仕の心を神はかっていたのだが、自分軸が無いゆえ、染まりやすい。前回の衆議院選までに偽善心に打ち勝てば、国運を掛けた奇跡の扉が開いたが、もう彼には神の意図するチャンスは巡ってこない。
数を求め過ぎるゆえ、多勢の潜り工作員の偽善心にほだされ質を落したのだ。
性格は良いだろうが、神の意図する国を背負う程の精神性の強さは無い。このままの状態で政権を取っても必ず自民党と同じ道を辿る。誰も悪魔の脅しには勝てなかったからだ。
悪魔に隙込まれる国の在り方を一掃しなければ、今以上に多くの人間が死ぬことになる。早急に求められるのは日本人の為の日本国再起だが、グローバル被れのひよった現政治家達には到底無理な話である。血税に生かされるのだから、侵略工作に加担した全政治家は身から出た錆を命を払ってでも責任を取れ。
古来からの敵国民の末裔が跋扈するこの時代を見込んで、ひみこは情報を後世に残す事を毛嫌いした。霊交思想の覚醒に人間モデルのテキストは必要ない。そう言いたげだ。人は確証がない事に不安を訴えるが、真の道に前例など無い。それが神の指す道だ。
格式高い日本先祖を敬えない者たちは、政治家を先頭に戦場に行けばよい。恐れと死の狭間で真の愛とは何かを後悔し続け、己の浅ましさを呪い続けるが良い。
神の鏡に映る 真の呪縛
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