
この国は誰のものなのか?
国という概念は実に曖昧である。
曖昧ゆえに争いが起き、人の褌で相撲を取る様な輩が後を絶たないでいる。
国境は神が定めた領域であり、部別化された帰幽階層の霊系によって構成されている。決して、同階層値の霊魂同士という安直な思想論では無く、あの世に還るまでの、人生の旅路に必要な相互関係で成立する構造なのである。すなわち、無用な争いの元凶はその国に適さない仮想民界隈に過ぎないのである。
会話が成立しない間柄は、一方は破談を望み、一方は融合点を打診している時である。また、人類愛を待たぬ会話の始点と、人類愛を持つ会話の始点も無生産な平行線である。誰もが、内なる神と精通する善良心を持ち合わせているが、持たない階層値も存在する。クローン人間、人工人間、霊魂戦犯、神我侵害、低次霊魂、様々な要因が考え得るが、いづれも、地球外層意識体を永久に循環し続ける再生魂に過ぎない。
人はこれを悪魔、悪霊、邪霊、浮遊霊、未浄化霊と呼称し、神や善良魂と部別化し、神我共鳴を学び合う修行場が、地球の存在意義である。地球の存在意義を破滅させるのが、地球外層エネルギー(意識体)の存在理由であり、善良心と融合する事は無い。部分的解釈、表層的解釈の共感性を示したとしても、偽善的、独裁的であり、継続性も無く、自己保身の顕示欲に他ならない。自発的根拠に基づいた、理性力が無いのである。
知性、感性、理性が養われず、感傷的、感情的、観念的、極端、妄想的、残酷的、冷酷、冷淡、非道な残忍性をケーキのホイップクリームで包んだところで、食べられたものではない。しかし、無理にでも、喰えと人の喉元を掻きまわし、順応するのが人類愛だと強要し、自尊心や精神聖域を破壊し、再構築する事が利他愛だと妄想依存し合うのが、愛の形だと主張して止まないのである。
霊的視点での第三国人とは、各々の国で排除された外層エネルギー体の一派である。この世の再生魂は誰もが、神から創造された肉我であるが、過ちを自覚、改心しない神我侵害の罪が積み重なり、認知障害、加害性障害が痕跡と成り死後、外層意識体に同化してゆくのである。これと、同調する宇宙意識体はやはり、邪推な次元で引き合うものである。人格障害者程、無神論、統一思想、仮想連邦思想、宇宙論を好むのはこの為である。
また、外層意識体の奴隷となった国から、再生率が比例して伸びるのが特性である。これが、国性、民族性と成り、国自体が衰退する要因なのである。その為、安直な移民や密入国、成りすましを赦してはならないのである。国境は各々の国の神あるいは国霊の長が、取り決めた領域であり、人間都合で侵してはならない神域なのである。
世界に必要なのは、戻るべき場所に還す事だけである。職域、生活圏、生態系、自己愛が利他愛を侵害、加害する暴力を認めない事である。
この世のけじめひとつ守れない机上の空論に、再構築など出来る訳が無い。
外層意識体に押される事があっても、神我の勝ち戦である。再びの乱世で、人霊意識層は本当の悪魔を知ることが出来たのである。これは、人霊学習にとって大きな収穫である。
生かすも殺すも、各々の知性、感性、理性、次第である。
生命エネルギーは、再生することが出来るが、外層エネルギーは低次元に同調同化する事しか出来ない。日本人に必要なのは偽善を止め、愛の規律を学び直す事である。
第三国人に出来ることは、償う愛を持つ事である。偽証罪、誣告罪、詐欺罪、暴行罪、誹謗中傷、外患誘致罪、国家内乱罪、神我侵害。彼らの主張が正しければ、この民族性の差異は何なのか?人間はいくらでも嘘がまかり通るが、魂に刻まれた歴史は一寸の誤魔化しも通用しない。神を憎み、真善美を妬み、善を嫉んだとしても、神聖なる愛の前では、塵の存在に過ぎない。
無論、霊系で引き合った移住民は一切含まれない理である。
第三日本政府は第三国人の民意を反映し構築された仮想機関である。戦後より、GHQの支配下で仮想機関が長らく政権を握って来たのが、現日本国の立法、行政、司法の姿である。存在意義自体が仮想なのである。仮想連邦を夢見て、人と人との信頼や暮らしを破壊し、AI信仰、AI裁判、AI労働、AI監視管理を押し進める狂った思想論は、自己愛加害脳を刺激し、手を変え品を変え、看板を塗り替え魅了し続けている。日本の英霊たちは、現代の破綻と崩壊を見通して、命を代償にしてまで、気づきの種を撒き、多大なる功績を残したが、仮想世界下では戦犯者扱いである。
因果関係は嘘を付かない。
現代の社会情勢はどうだ?右を見ても左を見ても、血色の無いドール人間ばかりではないか?ドール人間が人間の暮らしを破壊し、ケタケタと笑い震えながら、人間界を食い物にしている。外層次元から見たユートピアはこの程度である。犯罪者による犯罪者の為の司法、立法、行政は全て、第三国人の民意が反映されたものである。善悪の概念より主従関係を望み、真善美より自己保身を要求し、思い遣りや愛より金を貪って来た結果である。良きものを悪しきものにわざわざ摩り替え、自己顕示欲を満たすだけの似非正義心を振りかざし、古びた軍国主義に化粧を施し、貧相な華美を憑依媒体や放送電波を使い垂れ流し続けている。
さて、本当の戦犯者は誰なのか?
被害国と主張しておきながら、加害国とする日本より遥かに世界中に迷惑を掛け続けている。プロパガンダをまき散らし、善良民を弾圧、虐殺してまで、国民に犯罪を犯させ、国益を得ようとする姿に、ハニトラで誤魔化したところで、化けの皮は透けて見えている。戦犯者というのは、真実を有耶無耶にし、戦争法を悪用する者が償うべき罪である。第三国人による第三国人の為の政権は現在まで、どの様な行いをして来たか、福島原発事故で被曝被害拡大を虐げ、能登半島震災犠牲者を斬り捨て、過剰税収、貧困加害で国民を餓死に追いやり、改悪法の為に事故、事件、裁判案件を自作自演し、暮らしや教育、働き方を破壊し、全てエキストラで成り立たせ、世界大戦時、日本国に責任転嫁した手腕と全く同じではないか?真実を欺き続ける事でしか、保たれない世界観そのものが犯罪心理である。犯罪心理で毒された国性自体が真実の戦犯国である。
産業スパイと駒。
詐欺師は、自分の犯した罪を責任転嫁する事で、アリバイ工作を行う生き物である。これらに騙される側も自己愛脳である事は変わりがない。問題が発起したら、必ず双方の言い分を公平に聞き出すのが、第三者の介入責務である。また、プライベートに配慮しながら、他言しない正義心すら持ち合わせないのが、詐欺師や自己愛脳の特性である。周囲を見渡せば、大なり小なりの詐欺師を見つけることが出来るだろう。しかし、第三国人を大量に受け入れるまでの日本では珍しい現象だった。大蔵省が税務省に変わり、経団連と共に産業スパイを派遣する商工会、労働党、各種団体を牛耳り、日本の技術を明け渡し、海外依存させ、程度の低い人間ばかりに一寸の価値も無い資格や肩書を与え、日本優良企業を内側から腐敗させ、善良民の働く権利を破壊していき、家庭崩壊に至るまで圧迫させて来た。芸能界も同じである。『芸名』ブランドを利用し、本人では無い別人が成りすまし、スパイ駒兵が賛美し合い印象操作を行っている。また、匂わせ炎上商法、売名行為、パワハラ、セクハラ、痴漢利権も同じである。自分たちの罪や願望を無罪の者に責任転嫁し、多勢で追いやる集団詐欺犯罪の典型である。現在の日本の芸能界もスポーツ界も政界、司法界、経済界、暮らしの些細なマウントですら、集団詐欺犯罪のエキストラと言っても過言ではない。簡約すれば、誰一人、実力でも人徳でも、幸運者でも無く、貧乏神、疫病神の化身に過ぎないという事である。結婚後、態度をガラリと変えるのも戸籍詐欺、結婚詐欺の余波である。
真実を有耶無耶にする自己愛加害脳。
憑依や共依存も結局は自己愛脳が全ての要因である。パンデミックの時、生物兵器の危険性を根拠に基づき警鐘を鳴らした人間はごく僅かである。多くの人間は知っていても自分や家族、仲間内さえ打たなければ良いとしたが、果たしてそれは真の愛だろうか?悪しき事案が大きければ、正義心や善行の代償は人の常であるが、安全な位置からでしか、動けないのは自己愛の範疇である。選民思想に明け暮れながら、大事な時に一ミリも役に立たず、安全な位置から餅を投げたところで誰の為でもない自己愛感情の慰め合いの憑依現象を目の当たりにさせられる社会情勢は心理的虐待の何ものでもない。
本当の敵は自己愛加害脳を養育、擁護する事である。
成長期の自然自己愛とは別儀の自己愛加害脳とは一体何のかを徹底的に学び直す事が大事である。日本人の国民性は、高い思想観に習い、低い思想観を謙虚に向上させる責任感を持っている為、善悪の概念より主従関係を優位にしてまで、自己保身に努めようとしない。第三国人は人格兵器として、自己愛加害脳を優位として国民教育や家庭教育を受けて来た為、脱却は困難に見えるが、正常な理性、感性、知性があれば完全同化する事は無い。結局は、人種や国を超え、人格性が重要だという事である。そのバロメーターが世界共通『自己愛加害脳』である。
世界の指針を『自己愛加害脳』の有無に。
ご立派な教典や書物を読み漁っても、記憶されるだけで教養は身に付かない。自己愛脳は計算力、記憶力、言い訳力には長けている特性が見られる為、簡単な問題さえ複雑化させ、真実を有耶無耶にし、混乱や争いの元となり、過剰な自己保身に走る為、結果的に認知障害、加害性障害を引き起こし、ブレーキが効かない状態である。国際問題に発展する要因は自己愛脳の『言い訳力』と加害性に賛同する自己保身の集団力である。
北のエキストラ。
朝鮮のお家芸は古来より中国依存の歴史から継承されて来たものである。北に関しては国の全てが、独裁映画のエキストラである。そのキャストが中国を仮想国家に変え、朝鮮族(朝鮮民族とは別儀)を養わせ、北由来の中国、朝鮮が日本国に移住、密入国、戸籍背乗りを繰り返し、第三国人が出来上がったのである。ニュースや新聞などで表に出る事件、事故、社会問題は基本的に第三国人絡みしか取り上げられない。特に、被害者の会は公金狙いの団体であり、身内同士のエキストラで成り立っている組織網が殆んどである。わざわざ国内で『日本』を頭に付け活動する必要性も無いが、第三国人の視点では『日本』ブランドこそ利用価値の高いものなのである。日本国を戦犯国扱いするのは、ユダヤか抗日三国くらいである。なぜならば『日本』ブランドを意のままに利用し尽くしたいからである。詐欺師は己の罪を責任転嫁する事で、疑いの目を反らし、欲しいポジションや金や名誉を手にするのである。
仮そめの仮想世界。
自己愛脳で形成された社会構造は矛盾だらけで、人々を理不尽の沼地に突き落としてばかりである。この世は、あの世の映し世である。外層意識体に帰属する自己愛思想はこの世とあの世の狭間でもない、地球生命意識体の外層エネルギーでしか無いのである。つまりは、ずっと地球生命体の中で浮いたエネルギー体だという事である。この世で果たす、あの世の愛エネルギーと分離浮遊している為、真実の愛が果たされる事が無く、常にまやかしの相手、仮そめの愛情、偽りの自分でしか、人生を謳歌することは出来ないのである。その結果、この世を浪費するだけで、充足感を得ることが出来ず、不老不死を夢見て寿命に執着するのである。あの世の愛を果たしながら、誰もが人生を歩み出せば、この世に一切の執着も無く、寿命を受け入れ、継承する愛で未来に紡ごうとするはずである。だが、仮想世界では誰もが、今だけ、金だけ、自分だけである。
では、何の為に?
今だけ、金だけ、自分だけを満たして、それが何の価値があるというのか?人を愛し、苦悩する深みも知らず、失う苦痛に立ち向かう勇気も養われない人間を誰が、真実に愛するというのだ?では、共産主義のように、己の不幸を他者に責任転嫁する事が人類愛なのか?愛や善を踏み台にして、金や権力を手に入れても、あの世では失い続けている貧困者に過ぎない。あの世にも還れず、この世でも愛されず、神を見失い、己を見失い。ただただ、地球生命意識の外層意識を漂うしかない無空体でしかないのである。これに加え、AI仮想連邦にしたところで何も変わらない。問題は肥大するだけである。
何度も同じ過ちを犯す、憐れな外層意識媒体集。

愛の為に怒り哀しみ、歓びを知るから、人は強くなれる。
だが、多くの人間は誰かの為と言いながら、本音は自分の為である。
そこを認めるか否かで、先の未来は180°違う。
我々生命体は、現世に生きながら、あの世も来世も共に形成する
神の末端意識体に過ぎない。
我々が向かうべきは、太陽神が見えない地下牢ではない。
陰陽の光の礎である。



























































































































