「悪魔」と聞いて、ヤクザやチンピラや不良を思い描くだろうが、本当の悪魔は尻尾を出さないものだ。真意を射抜かれ、隠蔽と偽善の裏に隠された残虐性が顔を出す時、ようやく悪魔の正体を知る事になる。
かつての日本において、ヤクザと言うのは毒を持って毒を制す性質で、結果的に侵略からの抑止力に繋がっていたが、戦後、中国朝鮮由来にスライドし始め、薬物や一般人を標的にするような姑息さを纏い、筋の通らない自我主張型の社会害悪となった。看板名が日本名であろうが中身は純日本人とはいかない。政府は抗日活動の抑止力となっていた残り少ない日本構成団ばかりを狙い撃ち、プロパガンダで民意を操作し、徹底的に潰しに掛った。これにより、一般人と闇社会の境界線が曖昧となり、本来関わる事の無い一般人の被害と模倣犯が激増した。手引きをするのは半グレや抗日弁護士、集団ストーカー犯罪者達や背乗り好きの狂った女達である。
中国では、2020年時点でおよそ2億8000万人に達する人々が精神疾患を患っており、韓国では3人に一人が発症し、若年層の20~30代の初診患者が増加し続けている。北朝鮮は公開データー自体が少ないももの、82%が公開処刑を目撃し、56%がPTSDを抱え精神疾患を発症し無法地帯である。日本においては、食質悪化、環境汚染、洗脳教育、在日、帰化人増加と共に疾患者が増加し続け80人に一人が障害手帳を取得している。
魂は善悪の概念を刻み、この世で肉体を纏い産まれる。肉体を形成する環境と魂が刻んできたリズムが異なれば、善し悪しの感性が鈍り、人は鬱々とするものだ。精神コアに帰属する性善説が通用しない地点で人間として成り立っておらず、獣に値し槍で突かれ、獰猛性に対し毒を以て毒を制されない限り、社会の秩序は保たれない界隈なのである。だが、現代では天使が羽を捥ぎ取られ、悪魔が踏ん反り返っている状況である。この世の総合神は時代に合わせて再生魂の善悪の比率をコントロールする事で、魂を磨き合わせる。悪魔は悪魔の生き方をし、毒によって制され、天使は悪魔と闘う事で、この世の善悪の比率は好転していくのである。実権を握る悪魔の悪性が4割に対して、共犯者の悪性は6割である。また、常にグレーゾーンの浮遊回避型いわゆる傍観者の悪性は7割である。神の示唆する悪魔というのは残虐性をベースとした上での隠蔽率だという事である。
犯罪者に犯罪をさせない社会愛は犯罪を無力化にする事ではない。毒を以て毒を制す事で自覚と改心をあの世の気付きに結び、根源から断つことである。(イランの悪魔をトランプ氏は根絶させた。ウクライナの悪魔をプーチン氏は制圧している。このお陰で、世界中の本当の被害者が救われ始めている。)
魂の生き方と肉体の生き方が分離すると、精神コアとの繋がりが途絶え、精神性が浮遊し、他責思考もしくは精神性が停止するのである。肉体にも影響が現われるのは人体エネルギーのコアが抑圧されるからである。その浮遊感に現実性を持たす為に、何かの誰かのもしくは自分の希望通りあるいは思い癖によって、新たな人格が形成され環境と適合させるが、何の為に産まれ生きるのか充足感が得られず、集団暗示に安易に掛かりやすくなる。身近な教祖の存在を自覚出来れば、本来の自分を取り戻すことは出来るが、決して安易ではない。自覚不感症では、他人の意見に、反論や反撃する事が正義なのだと捉える事自体、他責思考なのだと気付けないでいる。
核心的直感が危機管理能力のコアとなるが、コロナパンデミックで機能しない人間の多さを目の当たりにしたはずである。戦後最大の死傷者数は紛れもない事実であるが、未だに生物兵器だと認識しない浮遊者ばかりである。生物兵器の呼び水となる遺伝子医療は以前から、国が安全性が保障されないと何度も蹴っている事案であり報道もされていた。また、任意にも関わらず職業強制や打たねば非国民の様に扱う血走った人間の腐った目の奥を観察すれば核心的直感が働き、危機管理能力が機能したはずだ。しかし、集団ヒステリーの様に多勢が暗示や集団憑依にでも掛かった様であった。低層媒体と高層媒体の言霊の高低差を嗅ぎ分けられないのも末期の浮遊症状である。PFAS入りの水道水と天然の高品質なミネラルウォーターどちらを飲むのが人体にとって得策なのか?答えは明白なはずだ。だが、集団憑依もしくは群衆心理の洗脳は当たり前を非常識に変える。遥か昔から異常者が社会に溶け込むために大なり小なり行って来た手法である。
2013年6月に虐め防止対策推進法が制定され、児童生徒が心身の苦痛を訴える、物理的、心理的な影響を与える行為(インターネットを含む)を迅速に早期発見、対処をする為の法律であり、いじめ対策組織設置や基本方針の制定、重大事態への調査を義務化している。また、犯罪行為として扱われる行為は警察と連携しなくてはならない。
刑法36条 正当防衛:自分や他人の生命、身体、権利を急迫した違法な侵害から守るための止む負えずの反撃行為を正当防衛とする。5つの条件・急迫不正の侵害、防衛の意思、防衛の必要性、相当性、などを満たせば傷害罪などの刑事責任は問われない。刑法36条2項・過剰防衛の留意。
刑法172条 誣告罪(虚偽告訴等罪)他人に刑事、懲戒処分を受けさせる目的で、警察や検察の捜査機関に虚偽の告訴、告発、被害届などを提出する。冤罪や司法の適正を阻害する重大犯罪。
第99条:憲法尊守義務:天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官、、その他公務員が憲法を尊重、擁護する義務を負う規定。
第98条:憲法は第98条該当者が負う義務であり、法律は全国民が負う義務である。また、憲法に反し法律や命令、処分が反している場合、最高裁判所の判断を持ち法律は無効となる。
第15条一項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である。
現在の政権は政教分離の違憲に加え違法に溢れた無法地帯である。実権を握っているのは抗日三国であり、日本政府は中国共産党の侵略を幇助する外患誘致罪に値する。中共は朝鮮族に日本に帰化させ、抗日活動の基盤を造らせる為に、似非脱北者を交え、裏で糸を引いている。1982年一方的な国籍条項撤廃により、侵略の基盤は整うばかりであった。これにより、最高裁判所は侵略兵で溢れ、その意思を抗日弁護士が引き継いでいる。半グレ、集団ストーカー犯罪者たちが民族入れ替えの為に、日本人同士の信頼と絆を潰し、社会的排除に追いやる事に必死である。都合が悪ければ自殺にまで追い込み、冤罪を多勢で連携して成立させる事で優位な立場を保持している。示談金狙いの手引きをするのは抗日弁護士だけでない。模倣犯のコミュニティを上げれば切りがないが、こう言った犯罪網は女の比率が異常に高い。普段はただの主婦や冴えない立場で実を潜めるか、独身貴族を装いSNSを網羅するか、偽善活動、社会活動、政治政党などの体裁が保てる立ち位置に寄生する事で社会的信頼のアリバイ工作に勤しんでいる。狙いは己の欲求を満たし悪性を正当化する為である。組織的犯罪は女の多さで成功率は上がる。自己愛女特有の集団依存、他責思考、過剰保身が隠蔽率を上げる為だ。そして、隠蔽率が上がる事で被害側の正当性が侵害され、反撃の権利が無効化されているのである。
木を見て森を見ず。知らなかったでは済まされない。まともな人間であれば必ず不正や異常さに気付くはずである。誰かを悪人に仕立て上げないと団結や保身ができないのは、己の悪性が露見しない為の虚言癖の共依存である。
人の不幸の上に誰かの幸福が成り立っている。こう言った思想観が内なる悪魔の声なのである。まともな感性ならば、人の不幸を見れば、幸福感など湧かないはずである。
善悪の概念を教えない愛の無さは心理的虐待である。人の痛みを理解出来ない人間ほど哀れでおぞましい事は無い。人の痛みを分からないという事は愛も分からないという事である。偽物の愛を価値観の違いで片付け、本物の愛だと捉えるしか道が無い人生に何の価値があるのか?アンドロイドで変えが効くような量産型人間を製造した大人たちの責任は重大である。昭和までの時代は当たり前に、人の痛みや善悪の分別が付かなければ体の痛みで覚えさせられた。これにより、礼節と道徳観念が育ち、どんな悪党でも「加減」と「分別」が付く大人に成ったのだ。しかし、現代になり、抗日民の帰化増加と共に精神退化を辿る如く「加減」「適量」「適切」を知らない量産型人間が量産された。抗日国家の思想観での体罰は善悪の概念より主従関係を叩き込む為のものだったからである。抗日民子孫が「ありがとう」「ごめんなさい」を日常的あるいは必ず必要な場面で使わないのは日本民に負ける事など恥だからである。当然、才能や功績を認めるはずはない。劣化模写し手柄を横取りするだけである。手法は何だっていい。勝てば、生き残ればそれが優良遺伝子の民族だと証明になると思い込んでいるからである。また、人の心があれば到底、幼気な子ども社会を穢す事など出来ないはずあるが、社会愛にも無心され、いじめ犯罪による死傷者は増加し続けたままである。子どもを産まなければ解決する問題ではない。日本の構造そのものが侵されているという事である。
人間は結果の為に生きる事で因果を堕とし、生きる経路そのものが結果を産み出しているのである。
暴力と制裁は違う。正当防衛と過剰防衛も似て非なる暴挙である。
2022年7月8日 安倍首相銃殺事件:2026年1月 奈良地裁田中真一裁判長は山上被告に対し「不遇な生い立ちは犯行に大きく影響しない。」「300人ほどの群衆の公然の前で公共の安全も侵害した。」と切り捨てた。2022年12月宗教二世(信者二世)不当寄付勧誘防止法(被害者新救済法)が成立し、施行された。親の献金の返還、解決金の請求が可能となり、被害者本人又は二世本人に返還されるとしている。しかし、我が子への心理的影響や家庭の不和を省みず、狂った教祖と同心化し判断力を失った親が金を我が子に渡すわけがない。また、親である本人に返す選択を設ける地点で「二世救済」にはなっておらず、薬物依存者に薬物を差し出すようなものである。世間体を取り繕った継続献金の工作に過ぎない事は、火を見るよりも明らかである。又、銃殺事件からわずか半年足らずで施行され、随分と急いでいたがこの頃、政教分離違憲をネットで叩かれていた時期であり、火消し効果も期待した保身の勇み足である。山上被告の家庭不和は父の自殺、兄の事故による失明を経て、母親が統一教会に入信したことがきっかけである。1億の献金を行い。生活が困窮しても尚、献金にとり憑かれたようであった。山上被告が起こした事件後も母親は献金を続けているという。息子の心を殺す原因となった教団に何の価値があるのか?統一教会傘下には無数の霊能者や占い師、自称スピリチュアルが寄生している。これらが、一般人の窓口となり集団暗示、集団憑依の母体となっている。低層媒体の特性を活かし、魂の低い部分を引き出し、高い部分が潰され、精神コアに低次元体の臍の緒がこの世の低い部分と結びつき、適応していく事で生きやすくなったと麻痺して依存するようになるのである。これが自覚無き、悪性7割の傍観者、悪性6割の共犯者の実態である。安倍氏が銃弾で倒れる最期に見たのは女性の姿である。何かを確信したように安倍氏は倒れた。また、安倍氏はパンデミックの真実や侵略行為の真実を国民に告げようとしていた。これを知っていたのは身近な者ひとりだったが、この者が何かしら働きかけたと想定する。山上被告は大きな渦に巻き込まれただけなのか?それとも狂った世界に一石投じたかったのか?どちらにせよ、母親がなぜ息子を犯罪者にしたのだ?子どもがこの世で一番最初の愛に触れ、愛の基盤となるのは紛れもなく母体である。狂った愛を教養され続ける精神的苦痛はいつかは麻痺してくるが、生涯消えることの無いしこりである。善悪の概念や身を持って加減を教えない愛の無さは心理的虐待である。加減を知らない現代人。もしくは加減を超えないと母親の関心を引けなかったのならば察するに余る程の精神の叫びである。人を愛するということは自分本位ではない。相手本位である。自分を見ず、教祖に酔いしれる母親の姿に耐えられる人間などいない。いや、愛を求めるからこそ耐え難いのだ。彼に刻まれた母親の姿は生涯彼の愛を苦しめ続けるのだ。親が子を売る時代である。それに拍車を掛ける社会愛の無さ、売られた子は心が殺され、加害性に希望を見る。
本当の悪魔は実権を握った悪役ではない。悪魔思想に魅せられ寄生する悪魔である。
人間に必要なのは悪魔や天使の教祖ではない。自分を信じる心である。
魂を解放する事が、この世の本当の秩序の始まりである。

