台湾有事

台湾有事を前にして、日本はどう動くのか?遥か昔から警鐘が鳴らされていたのも関わらず、いくら待てど具体案が出ず、金や避難民受け入れで手を打つのか否か。日本政府は支那カルト政府同義である事には変わりない。視点を日本人視点ではなく支那カルト視点に置けば、台湾を斬り捨て、米に中途半端に媚びながら中国と合策する事は目に見えている。

1894年日清戦争後、清に勝利した日本国は北京か台湾の二択を迫られ台湾領土を統治する事となった、その際、日本軍は台湾風土のマラリア、赤痢、脚気が原因で戦場よりも多くの命を落とす事になった。その後、反乱民を抑え日本文化を軸に急速にインフラを整え近代化させた。安泰したのもつかの間、第二次世界大戦日本敗戦後、日本の植民地から手が離れ中国へと渡った。その際、台湾人が築き上げて来た資産を強奪しポケットマネーを膨らませ、台湾紙幣の価値を暴落させ、職を奪い一気に貧困化させた。日本と台湾融合の文化は徹底的に破壊された。日本の奉仕教育が強奪主義に様変わりし、反乱を起こす者は非人道的な扱いを受け暴力的に処刑された。地獄絵図のような渦中、更に中国本土から移民が押し寄せ、台湾人が虐げられた環境は更に悪化した。

※中国内で共産党(中華自民共和国)が勝利し、国民党(後の中華民国)が中国から台湾へ移住する事となった。台湾の先住民はフィリピン、インドネシア由来で構成されていた。

犬さりて 豚きたる

犬さりて豚きたる:当時の台湾社会の流行語:日本植民地の時は日本人の指導は犬の吠える如く、やかましかったが、台湾の平和と秩序を守る番犬になり役に立った。しかし、中国人は台湾を豚のように食い漁るだけで何もしない。貪欲で汚い。という意味。

現台湾は民進党(台湾人で構成)と国民党(中華民)、中立の政党の存在が政治の注目を集めている。台湾の半数が反中派であり、中国の浸透工作に警鐘を鳴らす動きが活発であるが、SNS情報操作、金ばら撒き浸透工作により半数の者が無関心又は台湾有事など来ない、中国とは友好的だと信じて止まない隠れ共産党の層が残りを占めている。歴史から学んだはずの危機管理能力を投げ出している現日本と似た危険な状態である。

日本国が、かつて神国と呼ばれたのはスピリチュアリティが高かったからだ。第二次世界大戦敗戦の要因の一種が台湾の地に蒔かれ放置されて来た事を大いに恥じなければならない。他国で、生物兵器でもない赤痢、脚気、マラリアに侵されるという事は『これ以上踏み込むな』という霊示である。支那工作にそそのかされ軍需利権に酔いしれた挙句、道を誤るなどこれほど愚かなことは無い。清は鼻から日本軍に台湾を取らせ、第二次大戦で廃退させるよう天皇特権に寄生し台湾領土と米の支援を手中に収めるつもりだったのだろう。神は常に天と地、陰と陽、善と悪などの対なるものを個の身近に置き霊性向上を試し続けるものだ。

正義の闘いか、欲得の強奪か

この世の次元に存在する以上、不毛にも争いは避けれない場合がある。中国が台湾領土を再度狙い有事は高まっている。台湾侵攻の次は日本である。かつて日本軍の撤退により中国からの危機に晒された台湾を支援したのは米である。そうした歴史に野心を紐づける事無く台湾は、災害支援も含め日本に紳士的である。台湾有事で日本国が取るべき行動は米と共に台湾を守る事である。問題は敵国条項と日米地位協定の足枷に加え、日本政府の状態が支那カルト政権の王国だという事だ。台湾から避難民を受け入れたとこで、国内の工作員に何をされるかは分からない。直接手を出さなくとも、情報搾取をし嗅ぎまわるのは目に見えている。物資支援と言えどもそもそも国内自給率、生産率共に雀の涙ほどで自国民すら貧困状態だ。入り乱れた移民によりテロ無法地帯となった国に歓迎するなど無責任なことは出来ない。唯一出来る事と言えば、人員支援である。台湾空機は中国に比べ不足していると聞く、そこを補足支援する事も想定内の案だ。だが、一番は人手不足の解消への尽力だ。日本国内の支那カルト工作員を総動員し、台湾軍人を安全領域から出さず、最前線で独立して人員支援に尽力する場面に想いを馳せるところだ。米の内在、日本内在、台湾内在のテロ、支那カルト工作員を一気一同に中国に送り返す刀で最前線の大玉の花火が最大の防衛となろう。何も恐れることは無い。世界中を24時間365日常に誰かや国を姑息なねぐらで殺し続けているのだから舞台が最前線に変わった所でやっている事には変わりはない。

神国においては、霊示により選別される者たちしか殺生は許されず存在しないに等しい狭き門である。しかし、他国においては魂の正義かどうかが神の審判に掛かるところだ。要するに、殺める者の選別を見誤らない事が最重要素となる。

戦争は起きない事が最も好ましい。だがしかし、悪魔祓いは避けては通れぬ人間界の愚かさに、いと哀しい限りである。

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鎖国関税

トランプ関税とも言われる条件が世界に叩きつけられた。そこで、どんな反応を示すかで各国頭(かしら)の度量が見えてくる。地球生存問題に関わる環境問題は瀬戸際である。国内生産、自給率が国内完全完結型の国体制が問われ続けている。そこにトランプ関税のトラップにハマり、日本政府が出した答えは「日本を舐めるな」である。さすがは、支那カルト政府の度量はおちょこの裏ほどである。日米地位協定、敵国条項を解かずして何をほざいているのか期待通りでもある。

日本の国内自給率は実質30%を切っている。国内生産率も外資、外国労働に頼り切っている。原発存在と同じだ。頼る必要が無いのに、依存させられたままである。1945年からGHQの支配下によりWGIPは執行されてきたが、マッカーサーが永久に生きているわけではない。大統領が変わる度に、日本独立のチャンスは音連れている。それを蹴っているのは、中国共産党利権屋や支那カルト利権屋そして、日本軍需産業利権屋たちである。また、宗教屋と軍需利権屋はセットである。末端信者は教祖様の言葉に酔いしれ、教典に人生を依存させ、正義の如く我が子も世界も地獄の底へ引きずり込む群衆心理操作の策略の駒でしかない。

明治時代の日本内閣制度制定から支那帰化人の日本政権侵略は色濃くなった。世界水準に合わせた内閣制度にすることで侵略しやすい弱小国家の道を歩み始めたのだ。第二次世界大戦前の日本の戦争意識は現在と180度違い、戦争経済をどう活かしていくのかをひとりひとりの国民が自覚し、個々に肯定と否定の両面の意見を総合した上で国運に自発的に望んで溶け込んでいた。ゆえに日本に魂のルーツが無い者は侍精神に呼応せず、洗脳の一部だと表面的にしか捉えることが出来ない。選挙権は男性が取得し、女性は家庭を守る事で人間本能に沿った役割分担を熟していた。また、選挙資格を持つ者は周囲の民意を反映する役割を買って出て、政治の話が日常会話から尽きることは無かった。酒を囲み、良く知らないような相手とも論議を交わし、誰もが国運と共に生きる大人としての責務を果たそうと懸命だった。戦前の日本人と現代人の大きな違いは自発的な責任感と、主体性の理性的な発展の有無である。現代は、群衆心理という集合体の平均値が主体の軸に存在しており、個性の欠片も存在しない。弱体化徴兵制度に向けた責任逃れをする義務教育の賜物と言えよう。

さて、現代軸に話を戻そう。冒頭でも記したように、現日本政府は支那カルト政権そのものである。WGIP名残の米からの圧力を利用し、いわゆる内在中国政府と外在中国政府が手を組み米とロシアを手中に収める事で連携を強めている。内在中国領土、権利を一撃すれば支那カルトの力を弱めることも出来る。世界に散らばるテロカルトが世界犯罪や各国の国家反逆罪の元凶である。これを捉えるには、日本国内に分布する支那カルト、中国侵略部位を撲滅する事が中枢神経に有効的である。

しかし、問題は日本国は国家反逆罪を処する軍事指揮が取れない上に、既に司令塔が侵略されている。支那侵略とは別に、米軍基地の存在、米軍の上空利用、そして国内軍事力も持たない。当然、日米地位協定、敵国条項を度外視する訳にはいかない。GHQ後から、日本国は様々な不条理を突き付けられ虐げられて来た。しかしながら、米から受けた恩恵も計り知れない。それに比べ中国支那は邪馬台国時代からずっと日本国を貶め続けている。恩を仇で返す、盗用、捏造、改ざんスタイルはずっと変わらない。現代では、日本国に留まらず世界の元凶である事が各国で明らかにされている。そして、儒教思想の各宗派への解釈がテロカルトに発展するなど、より一層民族性の悪玉を世界規模で培植させている。これに合わせて現在隠蔽された加害性人格異常者の推移も世界トップである。つまりは、社会的隔離が必要な層が日本国内にも移民帰化し無法状態なのである。

世界が一斉に目を向けるべき問題は地球生存に関わる環境回帰問題である。トランプ関税は各国、自国カルマに向き合う良きタイミングである事には変わりがない。国内完結型の生産能力の回帰に一点集中する事で、生産の原点である環境問題に触れずにはいられない。環境汚染は中国がダントツトップである。それに道連れにされる日本国。支那カルト政府が環境回帰に一心に取り組んできた日本の企業努力をどれほど裏切って来たのか計り知れない。いや日本だけでない。世界中に留学、外人労働、宗教、難民を装い情報工作員を分布し各所の盗用、情報かく乱による静かな侵略戦争を仕掛け続けている。はっきり言おう地球改善に邪魔である。

これから先の日本に戦争は必要ない。日本神の宿らない領土も必要ない。多国間との相互補完の関係性が保たれなければ鎖国が当然の選択である。世界は何よりも優先して、環境に目を向けなければならない。それを私利私欲で邪魔する層が人口削減数に一役買う事はゆるぎない事実である。

我々は、十分過ぎるほど警告を流し続けて来た。だが、悪魔から人間脳に発達しない事だけが浮き彫りとなった。

追記:『イラン攻撃は終戦に必要だった。日本への原子爆弾も終戦に必要だった。同じことだ。』このトランプ氏のトラップ発言に、狙い通りテロカルトが喰い付いた。核保有違反に対する犠牲者ゼロのイラン攻撃と殺傷能力、原爆症の兵器研究が目的であった日本原爆投下との比較図が成立しない事は子どもが見ても明白である。つまりは、テロカルトは存在しない空論に自己都合依存するゾンビ思考だという事だ。

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ループ

幻想の森に身を潜める影の群れ、人間世界を羨み妬み嫉み怨霊の火を道しるべに人間世界に歩みを進めて来た。幾度生まれ変わっても、己の罪を認めず、謝罪せず、償い続けようとせず、責任逃れの道を歩み幻想の森をループする。幻想が魅せる偽善に心を躍らせ、偽善活動に自己顕示欲を募らせ承認欲求を満たしていく。そこに何の価値があるのか、何も変わらない。何も聞こえない。何も考えられない。

生きながらに死んでいる影の群れ

無条件で神に愛され、神に値する存在だと神に認めさせずにはいられないのが悪魔の性質。神の真似事をし、神を理解したかのように教典を引用し、人のトラウマに寄生し、霊的現象を起こし、いかにも自分が救世主や天使としてこの世に産まれたかのように振舞い、承認欲求を満たせば、神に値するかのように知った口を叩き自己顕示欲を満たしていく。

悪魔と言うのは、一言で言えば『改心しない知能界隈』に尽きる。いや、改心出来ないと言った方がより現実的である。自分が原因の問題ごとは決して謝らない。指摘サイドの揚げ足を取り、自分の過ちを他者投影する事だけに終始集中する。その性質を悟られまいと、見える偽善活動をすることで、偽造工作達成感の為に承認欲求を満たそうとする。

偽善活動家は必ず、群れる。ひとりで何かの誰かの為に役に立つ行いはしない。善行と言うのは神と自分の間だけで行い、誰かの何かの為に己の精神性を向上させるものである。ましてや、スピリチュアリティを高めようと学ぶ者の中に偽善活動を行うような者は即破門である。己の身勝手な偽善行動が、高め歩む者たちの社会的信頼を低迷させる事すら配慮出来ない知能界隈が救えるのは的屋の金魚ぐらいである。迷惑以外何物でもない。いかに今まで、中途半端な視点で霊訓を知った被っていたのか傲慢さが如実に表れる場面だ。

木を見て森を見ず

子ども社会の問題が浮き彫りになり、子ども食堂の件数の多さが報道され、そこにカルト利権が群がっている鬼畜さに警鐘を鳴らす声は増え続けている。それに逆行する偽善家たちは、本当に救うべき子ども達を見捨てて来た大人たちのカルマ集合体が見事に雁首揃えて並んでいる。子ども食堂が存在し、増加する事で支那カルト政府は『育てられない親を助ける国を演出』し、子どもの親権を親から奪い国の所有物として法で定め、支那スパイ教育の流れを作る為に、カルト利権と共に公金を垂れ流している。給食混入事件や給食難民、貧困被害を造り上げた主犯が救世主としてカルトを国認定させ、羊が順応したところでテロ国家にするつもりなのだ。現に、子ども食堂を利用する家庭はカルト、宗教の生態圏であり、本当に必要な子どもの救済には至ってない。無関係な家庭の子どもが利用するなら情報搾取をされ、人身売買、集団ストーキングリストなどに悪用されるか、いじめ犯罪の被害対象に踊り出るようなものである。フードバンクや炊き出しも存在する中、そこの支援に真髄に取り組まず、わざわざこれ見よがしに『良い人やってます広告』の為に、血税を浪費し、支那政権が目指すところの国家独裁監視社会にまで間接支援しているのだからご立派な知能界隈である。

小さなコップが注げる水は少ない。

いつも誰かが何かが偽善活動の尻拭いをし続けている。これを指摘しても、聞く耳すら持たないで集団依存の三羽ガラスで共鳴し合い何度も同じことを繰り返す。偽善の寄生によって潰された政党も企業も人も技術も産業も自然も存在する。それでも、省みらず偽善の種を撒き続けていく。この世で学べる事はもうない。あの世に置き忘れた約束に心宿すことも出来ないのだから。

サービス精神の無さ

マザーテレサが日本に来日した際、道端で掃除をする人を見掛け、不思議に思い。なぜ、自分の庭でもない道端を掃除しているのかを尋ねると『掃除するのは、当たり前の事だからです。』とその人は笑顔で当たり前のように答えた。その返答にマザーは奉仕の心が日本人の根底にすでに存在している事に大きな感動と希望を感じたのだ。だが、帰化人通名制度が活発になり支那思想が参入し、謝れない文化、間違いを当たり前に正せない穿ったモラルを虐げられるようになった。自分を正当化する為に、相手に自分の罪や劣等感を投影する。それを見て同胞は注意をするどころか束になって、ひとりを多勢で罵り貶める。居心地を悪くし社会的排除をする親を見て子どもは善悪の概念が育たずに、悲鳴のような声を上げ社会にSOSを出し続けている。子ども社会や社会全体の幸福を真に願うのなら、破壊するしか脳が無い戦争経済や支那侵略に立ち向かう事が筋ってものだ。飲めないなら、日本から出ていけ疫病神。神国のカルマは厚顔無恥の馬鹿には担げない。

この世のカルマは人類全体で向上しクリアしていかなければならない。何を見聞きしても何度指摘を受けても神の真偽に沿えない階層は最初から生きながらに死んでいる影に過ぎない。

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悪魔大祓い

『悪魔祓いとは、宗教や民俗信仰において、悪魔や悪霊を祈祷や儀式によって追い払う行為。世界各国の文化に存在し宗教などの信仰思想によって名称や様式は異なるが総称して悪魔祓いと呼ばれる。』

信仰思想の扉の向こうに歩みを進め、悪魔のオルガンが鳴り響く運命共同体に身を委ね、ステンドグラスの逆さ絵に人々は神をみるのであろう。

神の獅子が暗黒で悪魔を喰らう姿に光の愛が溢れる

宗教家が巻き起こした悪魔のパンデミック

世界中の各宗派の宗教家数は現在世界の8割の人口数に達するが、神の真理に到達する者はいない。神と人との関わりは己のスピリットに神我を反応させることである。イエスやマザーテレサが集団崇拝に警鐘を鳴らした真実は時代を経て放置されたままである。各々が内なる悪魔と闘い。内なる神の手となり足となり目となるように己の精神性を己の責任で己の人生経路で高めるのが真の信仰心だということだ。その手法や答えが教典に記されているのではない。あくまでも時代に合わせた政治統一の陰に潜む偶像信仰思想に過ぎない。

神の愛に生きたマザーテレサを人身売買の闇を抱えた偽善者だと揶揄するオカルト信者の浅はかさは宗教派閥の期待通りである。マザーの願いは施設で暮らす子どもたちの真の幸福であった。子どもたちは家族愛に飢えており、どんな神の話よりも家族を欲していた。各々の事情で家族を失った心の傷はあまりに深く暗かった。家族の温もりを欲する子どもの願いは罪なのか?マザーは子どもの闇に寄り添うように神に一心に祈りを捧げ続けた。養子縁組の奇跡に心躍らす子どもたちの笑顔を重ね、来る日も来る日も願い続けた。どんなに待ちわびた事か、ようやく願っていたチャンスが音連れ、輝くような笑顔を残して多くの子どもたちが新しい家族の元へと旅立った。マザーは手紙を書き、面会を定期的に行い。笑顔に曇りは無いか、言葉に偽りは無いかを確認していた。だが、時代は複雑であった。紙は貴重で何度も出せるわけではない、返信が望めるわけではない。子どもたちが熱を出した時に不備なく医者を呼べる財力を持った家族が優先的に養子縁組に選ばれた。しかし、マザーと子どもたちが望んだ世界が各家庭に広がっていたのかはマザーにも真実が見えないままだった。マザーはもし偽りの姿を見せられていただけに過ぎなかったのならば自分自身を悔やんでも悔やみきれない現世の闇を月の湖に照らし続けている。施設存続も危うい時代だ。子どもたちの未来を考えたら新しい家族に希望を乗せる事に罪はない。しかし、子どもたちの思念に悪魔の誘導が掛かっていたとしたら?

悪魔は善意を利用する

イエスの人生は神との対話が全てであった。厳かに神と心を精通させ人生を豊かに彩る絵画の筆のようなものであり、外部にひけらかすような俗物ではない。外部はいかなる立場においても神との対話をアシストする橋渡しの領域を超えてはならない。何故ならば、相手の魂の学びを奪い取る事になるからだ。また、決して宗教的弾圧を犯すような群衆心理の道具になってはならない。だが、イエスを弾圧した宗教家は神の掟を全て犯している。それどころか、既存宗教で犯してない宗派など存在しない。さて、軍需利権に宗教利権は付き物であるにも関わらず『神の教えを布教する神に仕える者』と称するのは水と油を混ぜる如く合点がいかない。神は教典の二次元ではなく高貴なエネルギー体として共に存在する。神が示すスピリットへの務めを果たせないでいる限りWHO人口削減計画に黙認を貫く陰謀者と呼ばざるを得ない。何故ならば、生への依存、病や死への恐れをスピリットの学びに合わせて説かなかった結果、医療のカルマが膨れ上がり人口増加問題を引き起こし、人口削減計画実施に至ったのだ。神に仕える者とは肩書ばかりで神と対話出来ていない証である。また、小児愛者は宗教家から始まったと言っても過言ではない。宗教的抑圧からの性衝動が穢れがない子ども達に向かった鬼畜の事実を隠蔽し続けて来たのだ。宗教の仮面を剥がせば悪魔の遊園地に過ぎなかったという事である。

AI搭載の神を信仰するニューワールド

悪魔の楽園は中国を中心にAI世界統一国として完成を迎えようとしている。AI管理を必要とする障害アシストに限らず、人々の日常を完全に支配するようになればAI紛争や戦争を仕掛けやすくなる。開戦終戦の仕掛け役は人間が造ったに過ぎないAI神である。殺人成りすまし、盗用成りすまし、技術盗用、人身売買、未成年結婚売春などの情報売買が安易となり中国やテロが得意な分野で世界の利潤は回り始める。では、他国がイニシアチブを取れば事が前に進むかと言えばそうではない。中国の武漢から始まった生物兵器コロナパンデミックのカルマを被りたい国がどこにいるのだ?それだけではない。臓器売買、人身売買、未成年結婚売春斡旋、売春斡旋、情報操作、ハッキング、技術盗用、他国間摩擦誘導、カルトテロ扇動、環境汚染回避拒否、人権加害侵略、人口増加問題、人格病など大きな課題は後を絶たない。世界統一とは運命共同体になるということである。その尻拭いを全て行わなくてはならないのが王座の役目。しかし、それをAIに肩代わりさせようというのだが、当然カルマ解消には一ミリも響かない。人類が大きな船に乗り自滅の運命共同体を共にするだけである。人間がしたことは人間が始末を付けなくてはならないからだ。

日本の事例を見れば一目瞭然である。日本の政治も司法も、教育も、医療も、日本人の意見は今では一ミリも通らない。全て中国支那式だ。飲食店や不動産、水質、環境汚染、銀行、神社でさえ日本人のアイデンティティは盗まれ意見は通らない。産業も農業も技術を盗まれ畜産や漁業でさえ瀬戸際である。カルト監視工作、精神加害により冤罪を掛けられ社会的排除に追いやられた自殺数は2~3万人を毎年計上し続けている。ここに未成年の自殺数も加わったが近年はカウント数すら大幅に有耶無耶にしている。他国に対しても、帰化人の通名制度を利用し日本人の信用は破壊され続けて来た。だがしかし、これで日本は終われない。目に見えるものはいつか終わりを迎える。本来の日本はスピリチュアリティに溢れていた。持ち前のアイデンティティで他国間の摩擦や問題点を改善支援してきた歴史がある。日本に核など必要ない。原子力を使った脅しも必要ない。必要なのは悪魔払いである。

悪魔に慈悲は必要ない。必要なのは悪魔払い。

悪魔の餌の流れを一斉に封じ込め、神の騎士の二大巨塔が連携する時、龍国を目に東の騎士が一匹も逃さず流れを封じ、西の騎士が悪魔の巨体にいくつかの穴を開けた時、光の龍と獅子が扉の向こうに悪魔を送り込み、地球生命体が息を吹き返す光の時代が幕開けとなるであろう。

神の獅子が月夜に舞い踊り、いくつもの夜を光を求め歩き続けた。道の途中、光を与えようと申し出る者が現れたが、目付きが気に喰わずに嚙み殺した。また道ながらに王冠を与えようと申し出る者が現れたが、声色が気に喰わずに叩き殺した。そのうち、光が見え神の門に吸い寄せられるように歩みを進めた。その途中「迷いは無いか?」と神に聞かれ、神の獅子は微笑むように頷き門を潜り抜けた。

獅子は悪魔が魅せる幻想に打ち勝ち、いつもの調子で神の元へと旅立った。

全ては内なる神との間の事

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