第三日本国

この国は誰のものなのか?

国という概念は実に曖昧である。

曖昧ゆえに争いが起き、人の褌で相撲を取る様な輩が後を絶たないでいる。

 国境は神が定めた領域であり、部別化された帰幽階層の霊系によって構成されている。決して、同階層値の霊魂同士という安直な思想論では無く、あの世に還るまでの、人生の旅路に必要な相互関係で成立する構造なのである。すなわち、無用な争いの元凶はその国に適さない仮想民界隈に過ぎないのである。

 会話が成立しない間柄は、一方は破談を望み、一方は融合点を打診している時である。また、人類愛を待たぬ会話の始点と、人類愛を持つ会話の始点も無生産な平行線である。誰もが、内なる神と精通する善良心を持ち合わせているが、持たない階層値も存在する。クローン人間、人工人間、霊魂戦犯、神我侵害、低次霊魂、様々な要因が考え得るが、いづれも、地球外層意識体を永久に循環し続ける再生魂に過ぎない。

 人はこれを悪魔、悪霊、邪霊、浮遊霊、未浄化霊と呼称し、神や善良魂と部別化し、神我共鳴を学び合う修行場が、地球の存在意義である。地球の存在意義を破滅させるのが、地球外層エネルギー(意識体)の存在理由であり、善良心と融合する事は無い。部分的解釈、表層的解釈の共感性を示したとしても、偽善的、独裁的であり、継続性も無く、自己保身の顕示欲に他ならない。自発的根拠に基づいた、理性力が無いのである。

 知性、感性、理性が養われず、感傷的、感情的、観念的、極端、妄想的、残酷的、冷酷、冷淡、非道な残忍性をケーキのホイップクリームで包んだところで、食べられたものではない。しかし、無理にでも、喰えと人の喉元を掻きまわし、順応するのが人類愛だと強要し、自尊心や精神聖域を破壊し、再構築する事が利他愛だと妄想依存し合うのが、愛の形だと主張して止まないのである。

 霊的視点での第三国人とは、各々の国で排除された外層エネルギー体の一派である。この世の再生魂は誰もが、神から創造された肉我であるが、過ちを自覚、改心しない神我侵害の罪が積み重なり、認知障害、加害性障害が痕跡と成り死後、外層意識体に同化してゆくのである。これと、同調する宇宙意識体はやはり、邪推な次元で引き合うものである。人格障害者程、無神論、統一思想、仮想連邦思想、宇宙論を好むのはこの為である。

 また、外層意識体の奴隷となった国から、再生率が比例して伸びるのが特性である。これが、国性、民族性と成り、国自体が衰退する要因なのである。その為、安直な移民や密入国、成りすましを赦してはならないのである。国境は各々の国の神あるいは国霊の長が、取り決めた領域であり、人間都合で侵してはならない神域なのである。

 世界に必要なのは、戻るべき場所に還す事だけである。職域、生活圏、生態系、自己愛が利他愛を侵害、加害する暴力を認めない事である。

この世のけじめひとつ守れない机上の空論に、再構築など出来る訳が無い。

 外層意識体に押される事があっても、神我の勝ち戦である。再びの乱世で、人霊意識層は本当の悪魔を知ることが出来たのである。これは、人霊学習にとって大きな収穫である。

生かすも殺すも、各々の知性、感性、理性、次第である。

生命エネルギーは、再生することが出来るが、外層エネルギーは低次元に同調同化する事しか出来ない。日本人に必要なのは偽善を止め、愛の規律を学び直す事である。

 第三国人に出来ることは、償う愛を持つ事である。偽証罪、誣告罪、詐欺罪、暴行罪、誹謗中傷、外患誘致罪、国家内乱罪、神我侵害。彼らの主張が正しければ、この民族性の差異は何なのか?人間はいくらでも嘘がまかり通るが、魂に刻まれた歴史は一寸の誤魔化しも通用しない。神を憎み、真善美を妬み、善を嫉んだとしても、神聖なる愛の前では、塵の存在に過ぎない。

無論、霊系で引き合った移住民は一切含まれない理である。

 第三日本政府は第三国人の民意を反映し構築された仮想機関である。戦後より、GHQの支配下で仮想機関が長らく政権を握って来たのが、現日本国の立法、行政、司法の姿である。存在意義自体が仮想なのである。仮想連邦を夢見て、人と人との信頼や暮らしを破壊し、AI信仰、AI裁判、AI労働、AI監視管理を押し進める狂った思想論は、自己愛加害脳を刺激し、手を変え品を変え、看板を塗り替え魅了し続けている。日本の英霊たちは、現代の破綻と崩壊を見通して、命を代償にしてまで、気づきの種を撒き、多大なる功績を残したが、仮想世界下では戦犯者扱いである。

因果関係は嘘を付かない。

 現代の社会情勢はどうだ?右を見ても左を見ても、血色の無いドール人間ばかりではないか?ドール人間が人間の暮らしを破壊し、ケタケタと笑い震えながら、人間界を食い物にしている。外層次元から見たユートピアはこの程度である。犯罪者による犯罪者の為の司法、立法、行政は全て、第三国人の民意が反映されたものである。善悪の概念より主従関係を望み、真善美より自己保身を要求し、思い遣りや愛より金を貪って来た結果である。良きものを悪しきものにわざわざ摩り替え、自己顕示欲を満たすだけの似非正義心を振りかざし、古びた軍国主義に化粧を施し、貧相な華美を憑依媒体や放送電波を使い垂れ流し続けている。

さて、本当の戦犯者は誰なのか?

 被害国と主張しておきながら、加害国とする日本より遥かに世界中に迷惑を掛け続けている。プロパガンダをまき散らし、善良民を弾圧、虐殺してまで、国民に犯罪を犯させ、国益を得ようとする姿に、ハニトラで誤魔化したところで、化けの皮は透けて見えている。戦犯者というのは、真実を有耶無耶にし、戦争法を悪用する者が償うべき罪である。第三国人による第三国人の為の政権は現在まで、どの様な行いをして来たか、福島原発事故で被曝被害拡大を虐げ、能登半島震災犠牲者を斬り捨て、過剰税収、貧困加害で国民を餓死に追いやり、改悪法の為に事故、事件、裁判案件を自作自演し、暮らしや教育、働き方を破壊し、全てエキストラで成り立たせ、世界大戦時、日本国に責任転嫁した手腕と全く同じではないか?真実を欺き続ける事でしか、保たれない世界観そのものが犯罪心理である。犯罪心理で毒された国性自体が真実の戦犯国である。

産業スパイと駒。

 詐欺師は、自分の犯した罪を責任転嫁する事で、アリバイ工作を行う生き物である。これらに騙される側も自己愛脳である事は変わりがない。問題が発起したら、必ず双方の言い分を公平に聞き出すのが、第三者の介入責務である。また、プライベートに配慮しながら、他言しない正義心すら持ち合わせないのが、詐欺師や自己愛脳の特性である。周囲を見渡せば、大なり小なりの詐欺師を見つけることが出来るだろう。しかし、第三国人を大量に受け入れるまでの日本では珍しい現象だった。大蔵省が税務省に変わり、経団連と共に産業スパイを派遣する商工会、労働党、各種団体を牛耳り、日本の技術を明け渡し、海外依存させ、程度の低い人間ばかりに一寸の価値も無い資格や肩書を与え、日本優良企業を内側から腐敗させ、善良民の働く権利を破壊していき、家庭崩壊に至るまで圧迫させて来た。芸能界も同じである。『芸名』ブランドを利用し、本人では無い別人が成りすまし、スパイ駒兵が賛美し合い印象操作を行っている。また、匂わせ炎上商法、売名行為、パワハラ、セクハラ、痴漢利権も同じである。自分たちの罪や願望を無罪の者に責任転嫁し、多勢で追いやる集団詐欺犯罪の典型である。現在の日本の芸能界もスポーツ界も政界、司法界、経済界、暮らしの些細なマウントですら、集団詐欺犯罪のエキストラと言っても過言ではない。簡約すれば、誰一人、実力でも人徳でも、幸運者でも無く、貧乏神、疫病神の化身に過ぎないという事である。結婚後、態度をガラリと変えるのも戸籍詐欺、結婚詐欺の余波である。

真実を有耶無耶にする自己愛加害脳。

 憑依や共依存も結局は自己愛脳が全ての要因である。パンデミックの時、生物兵器の危険性を根拠に基づき警鐘を鳴らした人間はごく僅かである。多くの人間は知っていても自分や家族、仲間内さえ打たなければ良いとしたが、果たしてそれは真の愛だろうか?悪しき事案が大きければ、正義心や善行の代償は人の常であるが、安全な位置からでしか、動けないのは自己愛の範疇である。選民思想に明け暮れながら、大事な時に一ミリも役に立たず、安全な位置から餅を投げたところで誰の為でもない自己愛感情の慰め合いの憑依現象を目の当たりにさせられる社会情勢は心理的虐待の何ものでもない。

本当の敵は自己愛加害脳を養育、擁護する事である。

 成長期の自然自己愛とは別儀の自己愛加害脳とは一体何のかを徹底的に学び直す事が大事である。日本人の国民性は、高い思想観に習い、低い思想観を謙虚に向上させる責任感を持っている為、善悪の概念より主従関係を優位にしてまで、自己保身に努めようとしない。第三国人は人格兵器として、自己愛加害脳を優位として国民教育や家庭教育を受けて来た為、脱却は困難に見えるが、正常な理性、感性、知性があれば完全同化する事は無い。結局は、人種や国を超え、人格性が重要だという事である。そのバロメーターが世界共通『自己愛加害脳』である。

世界の指針を『自己愛加害脳』の有無に。

 ご立派な教典や書物を読み漁っても、記憶されるだけで教養は身に付かない。自己愛脳は計算力、記憶力、言い訳力には長けている特性が見られる為、簡単な問題さえ複雑化させ、真実を有耶無耶にし、混乱や争いの元となり、過剰な自己保身に走る為、結果的に認知障害、加害性障害を引き起こし、ブレーキが効かない状態である。国際問題に発展する要因は自己愛脳の『言い訳力』と加害性に賛同する自己保身の集団力である。

北のエキストラ。

 朝鮮のお家芸は古来より中国依存の歴史から継承されて来たものである。北に関しては国の全てが、独裁映画のエキストラである。そのキャストが中国を仮想国家に変え、朝鮮族(朝鮮民族とは別儀)を養わせ、北由来の中国、朝鮮が日本国に移住、密入国、戸籍背乗りを繰り返し、第三国人が出来上がったのである。ニュースや新聞などで表に出る事件、事故、社会問題は基本的に第三国人絡みしか取り上げられない。特に、被害者の会は公金狙いの団体であり、身内同士のエキストラで成り立っている組織網が殆んどである。わざわざ国内で『日本』を頭に付け活動する必要性も無いが、第三国人の視点では『日本』ブランドこそ利用価値の高いものなのである。日本国を戦犯国扱いするのは、ユダヤか抗日三国くらいである。なぜならば『日本』ブランドを意のままに利用し尽くしたいからである。詐欺師は己の罪を責任転嫁する事で、疑いの目を反らし、欲しいポジションや金や名誉を手にするのである。

仮そめの仮想世界。

 自己愛脳で形成された社会構造は矛盾だらけで、人々を理不尽の沼地に突き落としてばかりである。この世は、あの世の映し世である。外層意識体に帰属する自己愛思想はこの世とあの世の狭間でもない、地球生命意識体の外層エネルギーでしか無いのである。つまりは、ずっと地球生命体の中で浮いたエネルギー体だという事である。この世で果たす、あの世の愛エネルギーと分離浮遊している為、真実の愛が果たされる事が無く、常にまやかしの相手、仮そめの愛情、偽りの自分でしか、人生を謳歌することは出来ないのである。その結果、この世を浪費するだけで、充足感を得ることが出来ず、不老不死を夢見て寿命に執着するのである。あの世の愛を果たしながら、誰もが人生を歩み出せば、この世に一切の執着も無く、寿命を受け入れ、継承する愛で未来に紡ごうとするはずである。だが、仮想世界では誰もが、今だけ、金だけ、自分だけである。

では、何の為に?

 今だけ、金だけ、自分だけを満たして、それが何の価値があるというのか?人を愛し、苦悩する深みも知らず、失う苦痛に立ち向かう勇気も養われない人間を誰が、真実に愛するというのだ?では、共産主義のように、己の不幸を他者に責任転嫁する事が人類愛なのか?愛や善を踏み台にして、金や権力を手に入れても、あの世では失い続けている貧困者に過ぎない。あの世にも還れず、この世でも愛されず、神を見失い、己を見失い。ただただ、地球生命意識の外層意識を漂うしかない無空体でしかないのである。これに加え、AI仮想連邦にしたところで何も変わらない。問題は肥大するだけである。

何度も同じ過ちを犯す、憐れな外層意識媒体集。

愛の為に怒り哀しみ、歓びを知るから、人は強くなれる。

だが、多くの人間は誰かの為と言いながら、本音は自分の為である。

そこを認めるか否かで、先の未来は180°違う。

我々生命体は、現世に生きながら、あの世も来世も共に形成する

神の末端意識体に過ぎない。

我々が向かうべきは、太陽神が見えない地下牢ではない。

陰陽の光の礎である。

 

ICC・カルトの眼

謝らない。認めない。塗り替える。

そんな眼が裁く、自己愛加害の万華鏡の世界。

世界中の誰もが罪を認めなかったら、それはどんな世界だろうか?

きっとそこには、小さな命を称え合う愛も無く。

きっとそこには、誰かの痛みに涙する愛も無く。

ずっとそこには、愛する歓びも無い。

そんな灰色の世界に飽きて

いつしか、誰かを愛したくなるのだろう。

でも、きっと、どうしたらいいのかわからなくなる。

思い通りに、いかなくて、詰って見たり、叩いてみたりするけれど

何も、相手は答えない。

だって、そこは最初から最後まで、じぶんひとりしかいなかったのだから。

灰色の万華鏡。

ICJ国際司法裁判所:1945年設立国際法に照らし判決。加盟国受け入れ義務(罰則無)

ICC国際刑事裁判所:1998年採決、2002年発効。国際条約に照らし個人の戦犯判決。非加盟国受け入れ義務無。非加盟国、アメリカ、ロシア、イスラエル。2018年3月所長就任。日本国籍、赤根智子氏。

※ICJ,ICC日本加盟国

 ICCは、2023年3月、ウクライナへの戦争犯罪および子どもの違法連行の疑いでプーチン大統領に逮捕状を出し、ICC加盟国に入国した際、拘束義務を課せたが、ロシアは非加盟の為、逮捕は事実上不可能であり、ICCによるロシアへの不当な外交侵害およびICC側の誣告罪が浮き彫りとなった。また、ウクライナはテロ武装組織網支援国家であり、わざわざ国際機関がテロを擁護する必要性も無いはずだが、テロ制裁を行うロシアを目の敵にする始末である。ゼレンスキーは麻薬中毒疑惑に加え、エプスタインファイル公開に伴い、児童人身売買、売春、臓器売買に関与している事が分かった。また、児童人身売買などの政治利用あるいはテロ交渉に巻き込まれる可能性を考慮したロシアが、子ども達をロシア連邦の領内で保護していた。しかし、ICCはプーチン氏への逮捕状を取り下げる訳でも無く、民意を操作してまで、犯罪宝庫のゼレンスキーを匿い、刑法第103条犯罪隠蔽罪を犯し、職権乱用を続けている。ロシア側は、法的根拠に基づき、裁判官4名を含め、赤根所長を指名手配し、獲物を狩る準備が済んでいるが、当の本人たちは我関せずである。日本の畝本検事長と同じである。犯罪者による犯罪者の為の公職権乱用に明け暮れ、口を開けたひな鳥状態である。

 2024年11月、イランへの攻撃で、イスラエル、ネタニヤフ首相に戦犯の疑いで逮捕状を出し、間接的にアメリカへの制裁行為を行ったが、イスラエルもアメリカも非加盟国であり、老害の奇行もいいところである。そもそも核保有国として認められていないイランの核保有が問題なのであり、イラン側の違法性を追求するのが国際裁判として当然の筋である。しかし、都合の悪いことは棚に上げ、印象操作を行い、真っ当な主張を繰り返すアメリカに対して、一方的な制裁を与えようと必死である。控えめに言っても、狂っているのである。これに対し、アメリカは不当なICCの捜査に関わった場合、資産凍結やアメリカの入国を禁止をする大統領令に署名した。また、ICCの違法性に目を向け加盟国に脱退するように警鐘を鳴らし、ICCそのものを解体する意思を強めている。

 両国とも、当然の対応である。犯罪者を匿い、制裁者を裁く組織など破綻と崩壊の元凶にしか過ぎない、極めて悪質な犯罪網である。国際機関という看板で、撹乱し真実を有耶無耶にしている。証拠隠蔽罪、偽証罪、偽証告訴罪、証人威迫罪、強要罪、詐欺罪、脅迫罪、人権侵害、侵略幇助罪。

 現日本国は、第三政府による第三国人の為の社会構造を虐げており、日本人を根肥やしにする為のジェノサイド機関である。当然、憲法違反で成り立っており、この事実を知らない異国人はいない。第三国人の奇行の末、旧敵国条項が誘発され、第三次世界大戦、武力侵攻が起きてもおかしくない状態であるが、第三日本国にそんな価値は無い。何故ならば、自滅の道一択だからである。だが、テロリズムの見せしめとして、消される可能性は高いままである。奇行人を人間扱いしたのが日本人の罪である。

公平な裁きを、裁きに光を、正義に愛を。

求めよ、さらば与えられん。

人は簡単に愛を失えない。

思い遣りや、優しさ、親切心も愛である。

謝罪、感謝、自覚、向上、希望も愛である。

だが、償う愛を放棄した時、人は愛を失う。

この世の暴力は、自己愛が利他愛を侵害、加害する事。

肉体的、精神的な支配を行う事である。

自己愛は一方通行の思考回路。

愛は無限の思考力。

神の拡げた航路図、どちらが多く旅が出来るのだろう。

経験と感動も愛が無ければ、ただの徘徊奇行である。

独裁と神の眼

民法:第709条に基づき、自己愛性人格障害の傾向がある加害者によるモラハラ等の被害は不法行為責任として慰謝料請求や悪意の遺棄(離婚事由など)として主張する事が出来る。 また、公的責務を担った弁護士が、この事実を矮小化し、加害者に有利に計らった場合や、被害者に泣き寝入りをさせるなどの倫理違反は懲戒処分に値する。

また、欧米では、自己愛性パーソナル障害の加害行為は精神的虐待や心理的支配として法的に厳しく罰せる傾向が高まり、イギリスやフランスでは、精神的暴力や支配行動を「高圧的支配」として、法的に犯罪と定義している。アメリカでは、共感性を欠いた過剰な自己賛美や誇大性が社会全体を脅かす「ナショナリズム流行病」として継承を鳴らしている。

海外で定義される「4大加害手口」

・ガスライティング:嘘や歪んだ事実を吹き込み、被害者の記憶や正気。現実感覚を失わせる操作。

・ラブ・ボミング:関係の初期段階で過剰な愛情やプレゼントを浴びせ、相手を完全に依存させる罠。

・フベーリング:被害者が離れようとした時に、別人のように振舞い、掃除機の様に吸い戻す行為。

・ストーンウォーリング:被害者が話し合おうとすると、無視や無反応(石の壁)で返し、精神的に追い詰める。

また、自己愛加害が組織化した集団ストーカー犯罪は、海外ではギャングストーキング、組織的嫌がらせと呼称され、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパにおいて、法的対応をなどの救済措置を進めている。

暴力とは、自己愛が利他愛を侵害、加害するものである。

 暴力の根源を追うと、近親相姦の歴史が見えてくる。かつて、大日本帝国が日本領朝鮮総督府を通じて、近親相姦を禁じ、試し腹、病身舞などの忌まわしき伝統を廃止させた。試し腹とは近親相姦の事である。嫁入り前の実子の妊娠機能を試すのだとか、また、その間に産まれた子どもは奴隷として売られるか、獣以下の扱いを受けるという事である。病身舞とは人様の病気を笑いものにして舞う習わしだそうだ。

この世には救ってはならない『魔物』が存在する。

 近親繁殖はユダヤや朝鮮に多く精神疾患者、障害者、凶悪犯罪者が多く産まれ、何千年も繰り返す事で、魔物化していき、元に戻る事は無い。国際問題、社会問題、個人問題など、地球上のあらゆる問題の因は自己愛加害に集約されている。魔物の生きる快楽は破綻と崩壊であり、自己愛加害から始まった生命依存体である。動物交配快楽種も同因子である。

自然性自己愛とは、幼少期から成人に成長するまでの一過性のものであり、成熟性自己愛加害脳とは全くの別儀である。

 人間知力の三大要素に欠陥が生じ、理性力が養われないのが特性である。理性力とは、感性、理性、知性であり、真善美に帰属し、道徳心、倫理観、善悪の概念、性善説、利他愛を自発的根拠に基づき解釈する人間基盤の知力である。認知の歪みを補正しても、自己保存本能が過剰に働き、事実と異なるマイワールドが出来上がり、『事実』との境目を穴埋めするために、『現実』そのものを変えようとする自己愛加害脳である。

宗教思想、集団思想、群衆心理の自己愛性バイアス。

 神はこの世の対の法則から融合を果たし、何も生み出してはならないとしている。つまりは、善悪の融合から調和も「気付き」や「視点」が生まれる事を指し、その因こそが、神と人との因だと問いているのである。しかし、宗教理念あるいは何らかの思想とは善悪の融合から調和を齎す『人間的思念』を生み出し、説法や教えを説いている。例え、外面的な役割を果たしても、神の眼には、神我経路に反したマインドコントロールの一種にしか映らない。これが自己愛性バイアスの因である。

 神の世界では、神我侵害は各々の元神が、神の世界から追放されるほどの大罪である。すなわち、魂が帰る場所を無くすという事である。死神界はこういった魂の対応で追われ、前代未聞の低俗繁忙期である。※未浄化霊の大半が宗教者である。

 低層媒体の霊格はゴシップネタ程度であり、引き合う縁も、視える見えない以前の人格形成の問題である。

 人間の原理原則に立ち返り、国際問題に焦点を当てれば、共通項は『自己愛加害』に集約され、自己愛者の流れ溜まりが犯罪拠点となっているのである。地球滅亡論、世紀末論などが、人口削減プログラムに繋がったが、魔物が溢れ出したままである。寧ろ悪化の一手である。そもそも視点が間違えているのである。人口削減が必要なのではなく、魔の増加率が問題なのである。法に従い処された結果、社会が好転し人口が減る未来航路図が拡げられているだけなのである。毒された国々は、法の解釈が自己愛加害のはずである。人間の原理原則に従い好転させれば良いだけである。

犯罪拠点を追うより、自己愛加害を追え。

 自己愛者は理性力を持たず、認知障害が偶発し整合性が保てない為、思考や言葉と行動が一致せず、自己愛者同士にしか保てない世界観である。守られた環境でも、粗悪な環境でも不平不満を並べるが、大差はない。真善美に共鳴する機能が作動しない為、敵対視するか、模倣的な喜びを魅せるだけで、何を見ても、何を聞いても、基本的に大差は無い。模倣繁殖する生命反応が強く、ひとめでは分かりにくいが、生気も心も無いマネキンが、蝋人形の増産に使命を感じている様である。

あの世の役所。

 雲の上は案外、固いのだ。周りを見渡せば、輪になって話してる人や、ボーっと何かを眺めている人も居た。付いては消えての豆電球の様に、人が増えたり、消えたりしている。みんな白い服を着ている。

 現世の自分の体温は仮死状態の様な寒い感覚であった。よくある事だが、場面が場面だけに急に不安に駆られ、案内カウンターに駆け寄った。所属などを聞かれ、それが手続きと成り、調べを進めてくれていた。その間、左側に目をやると、案内係りと共に別次元に吸い込まれていくのが分かった。

 私はその先を知っていた。現世に降りるまで働いていた次元だったからだ。人間は死んだ後、人生モニターを観ながら、見直し作業をする。私は送られてくる魂の見直し担当であった。現世では説明行かなくても、あの世とこの世の狭間では魂の記憶が誘導してくれるものである。不可解にも、多くの魂がモニターさえ見ず、未浄化を選択して、現世に逃げ込んだことである。この謎を解明すために、再生する必要が無かったのに現世に行ったのかもしれない。

 そんな事を回想していたら、窓口の方に呼ばれたが、首を傾げるばかりであった。ふと、現世にどうしても伝えなければならない事を想い出して、直通電話を掛けてくれと大泣きしながら頼み込んだ。あの世の就労記録に考慮してもらい電話を取り繋いでもらったが、現世時間では、とっくに10年は経っていた。そして、言葉が上手く伝わらずに間違い電話だと思われ切られたのである。更に大泣きしてしまい。覚悟を決めた時、窓口の二人が眼を合わせあってパチンと瞬きした瞬間、現世に戻っていた。

体に何も異常なない。健康そのものである。それから、10年経った頃、間違い電話が掛かって来て、何を話してるか分からないから切ったという話を聞いた。確かに、私はその人物に伝えたい事があった。でも、これが雲の上の直通電話という保証はない。

 この後、私はイエスの「信仰心はどうした?」という言葉を想い出した。粗狂う海で航海中に弟子がイエスに助けを求めた場面の言葉である。

 生を活かし生きていれば、死を悔やむ事も、恐れる必要も無く、ただ、本当の世界に帰るだけなんだという事である。でも、私はその時、後悔をしていた。現在は、生き方を大きく変えたが、本当は変えたのではなく、本来の自分に戻ろうとしているだけなのである。

誰もが、あの世の愛に生きる、愛の苦難者である。諦めずに進めば、その先に見える世界は、懐かしくてたまらない、愛しい我が家なのである。

この世はあの世の写し世である。

『人の道を歩まぬ者が、人の前を歩むべきではない。人を獣道に誘ってはならない。』

この世の物的事実は思考から始まる。

写し世を、天国にするのも地獄にするのも人間次第である。

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